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復習 【 神の使者 】 非二元論② [神の使者]



一なるもの、という考え方はべつに独創的じゃない

でも、それなら自分は何と一つなのか、と問いかける人はあまりいない

問いかけた人も、大部分は神という答えを出すのだけれど、そこで「この宇宙は聖なるものによっていまあるかたちで創られた」と想定してしまう

この想定は間違っているし、そう考えてしまうと、ブッダのように心を完成させた賢者でさえ、恒久的な意味で神に到達できなくなります

そう、二元性の波動をつくり出す心とは一つになれるでしょう

その心はすべての次元を超越した無という場にあっては、完全に時空とかたちのシステムの外にある

これが非二元性の論理的で妥当な帰結なのだけれど、それでもまだ神ではない

それどころか行き止まりの袋小路

あるいは始まりのの終わりと言うほうがあたっているかな

仏教は世界で最も心理学的に洗練された宗教だけど、それゆえに神という問題を扱えない

だから、あなたがたがブッダと呼ぶ身体のなかにブッダがあったとき、彼は神の問題を取り上げなかった

わたしたちが非二元論と純粋な非二元論を区別する理由もそこにある

ブッダが「わたしは悟った」と言ったのは、自分は幻想に参加しているのではなく、自分がすべての幻想をつくり出していると気づいた、という意味だった

でもそこからもう一歩進んで、すべての幻想をつくり出している心がそれ自身と完全に対立して神の側につかなければ

もちろんブッダは優れた段階に到達した人だからそこに気づいて、すぐにJと同じ悟りに進んだ

でも、それは世界に知られていない生涯での出来事

Jのレベルの悟りに達した人々のことを世界がまったく知らないのはべつに珍しくはないし、世界的に有名な生涯で悟りに達したと思われている人たちがじつはそうではないことも多いんです

ほんとうに霊的な完成に近づいた人たちの多くは指導者になろうなんて思わないから

その一方で、ほんとうに霊的形而上的な完成に近づいた生涯にではなく、とても外向的な資質を示したときに有名になった人たちもいるし




恒久的とは、いつまでもその状態が続くさま。
【 二元性の波動をつくり出す心=病んだ思考システムに支配されている無意識の心 】でよいのでしょう。
『その心はすべての次元を超越した無という場にあっては、完全に時空とかたちのシステムの外にある』というのが非二元性の帰結。
しかし『それでもまだ神ではない』
タグ:神の使者
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